


障害があるから恋愛を諦めるべき?
——そう思い込んでいた25歳の美咲さんが、自分の身体と心に向き合いながら、「人として、女として触れられることの意味」に静かにたどり着くまでのストーリー。
女風という選択肢を通じて、“触れられること”がどれほど深く自尊心を回復させてくれるかを、本人の率直な言葉で綴ります。
これは単なる体験談じゃない。
「幸せになりたい」と願うすべての人にとっての、静かな希望の記録です。
——車椅子の25歳女性・美咲と語る、幸せのかたち
登場人物
東雲いろは……あー、来たね。じゃ、始めよっか



うん。今日はちょっと、いろんな意味で大切な時間になる気がする



今回はね、美咲さんをお迎えしてる。先天性の障害があって、生まれたときから歩けない。でも、自立して生活してて、最近はいろんなことを言葉にして発信しようとしてる——そんな人



こんにちは、吉田美咲です。25歳で、今は会社員をしています。見た目はよく『元気そうだね』って言われるけど、実は先天的な障害で歩くことができません。電動車椅子での生活ですが、東京で一人暮らししてます



それだけ聞いても、もう充分にすごいことですよね。ひとりで自立してるって



……で、その“すごいね”って言葉の奥にある、表に出しにくいこと——今日はそこを、あえて話してもらうってことで



はい。実は最近、自分の“夢”の変遷を振り返る機会があって。それをたどっていくと、自分がどう障害と向き合ってきたのか、すごく見えてくる気がしたんです



まず最初に聞きたい。小さい頃、どんな夢があった?



保育園から小学校低学年くらいまでは、パン屋さんとか、モデルさんとか……ほんと、ありがちな夢ばかりでした。でも、その頃はまだ自分の障害を“異常”とは思ってなかったんです



それは、“歩けない”ことを“特別”と認識してなかったってことですか?



はい。“みんなも実は隠れて車椅子なのかな”くらいに思ってました。あとね、大人になったら勝手に歩けるようになると思ってた。だから将来の夢を語るときも、自分が立ってる前提なんですよ。パン屋で働くとか、ランウェイ歩くとか



……その頃が、いちばん自由だったかもね。体の制限を、まだ現実として認識してなかったから



そうですね。今思うと、あの頃が一番“制限なし”に夢を描けてた時期だったかも



それが、どこかで変わってくる。いつから?



小学校高学年くらいからです。“あ、私、一生歩けないかも”って思い始めて。その時期から“社会福祉士になりたい”って言ってたけど……実はそれ、本心じゃなかったんですよ



……どういう意味ですか?



“障害を受け入れてる人間”を演じたくて、あえて“障害者らしい夢”を掲げてた。自分をごまかすために



つまり“受容してるフリ”だ



そう。ほんとは“ただ歩きたかった”。夜になると、動かない脚を叩いたり、泣いたり、“なんで私だけ?”って何度も思った。でも、それを口にしたら誰も寄り添ってくれない気がして。周りには“明るい子”って思われたくて、ずっと演じてた



それは……孤独でしたよね?



すごく。自分の気持ちを言語化できないうちに、苦しさだけが積もっていった。たぶんその頃に、心の奥に深い傷ができたんだと思う



言えないことが“ない”ことになって、心が壊れてくパターン、あるあるだよね



うん、ほんとにそうでした



高校時代になると、何か心境に変化はありましたか?



ありましたね。もう“障害と向き合う”のに疲れちゃってて。将来のこととか深く考えなくなってたんですけど、“自立したい”って気持ちだけは残ってました



“自立”って、わりと抽象的な言葉だけど……美咲さんの場合は?



“誰の手も借りずに暮らしたい”って感じです。福祉の制度ももちろんありがたいんだけど、やっぱり“頼ってる”っていう自意識がしんどくて。だから大学受験をきっかけに、東京に出て一人暮らししようって決めました



それって、ものすごくエネルギーのいる決断ですよね



うん。でも、受験勉強自体はわりと好きでした。身体のことは関係ないし、“みんなと同じ土俵で勝負できる”って思えたんです。点数でしか評価されない世界って、ある意味フェアで居心地よかった



なるほど。身体じゃなくて、頭脳と努力で勝てる場所



その時期は人生の中で、いちばん“前向きに頑張れてた”かもしれないです



大学に進んで、一人暮らしも実現した。その先の“夢”はどう変わっていった?



現実的になりました。就活のときに、“全国平均年収を超える仕事に就く”って決めてたんです



それはどうして……?



“経済的自立こそが証明”だと思ったからです。“障害があっても生きていける”っていう実績がほしくて。制度じゃなく、自分の力で稼ぎたかったんです



で、実際に総合職で内定取った、と



はい。大変だったけど、粘り強く就活しました。“車椅子だから”って何度も断られたけど、それでも“このスキルがあるから採ってくれ”って言い続けた結果、今の会社に出会えました



素敵ですね。きっと、同じように苦しんでる人の希望にもなってると思います



で、働き始めた今。次に目指してるのは何?



“幸せになりたい”です。ただ、それだけ。でも、これが一番難しいんです



……まあ、そうだよね。“普通になること=幸せ”って思い込んでたけど、実際“普通”を手に入れても満たされなかったって感じ?



まさにそれです。誰の手も借りずに暮らせて、収入もあって……でも、なんだか空っぽだった。“幸せ”って“周りから見て普通かどうか”じゃなくて、“自分が嬉しいと思える瞬間があるか”だったんですよね



それに気づいた瞬間って、どんなときでした?



ある日ふと、“私、このまま誰とも触れ合わずに死んでいくのかな”って思ったんです。仕事も生活もこなしてるのに、心が飢えてるのが自分で分かった



で、ここからが本題だよね。恋愛とかスキンシップについての話。ここ、かなり切り込んでも大丈夫?



もちろんです。正直、恋愛はずっと避けてました。誰かと付き合うって、相手に負担をかけるんじゃないかって思ってたから



“迷惑になる”って気持ちが強かったんですね



そう。デートするにしても行ける場所は限られるし、将来のことを考えると介助とか子育てとか不安しかなくて。でも、最近“人と手を繋ぎたい”とか、“抱きしめられたい”って気持ちが、すごく自然に湧いてくるようになったんです



で、その“自然な欲求”に、どう折り合いつけた?



……実は、いわゆる“女風”ってサービスを知って、すごく興味を持ちました



“女性用風俗”って、少し前なら抵抗ある言葉だったと思います。でも今、どう捉えてますか?



正直言えば、救いのひとつだと思ってます。恋愛やスキンシップを“安全に試せる場”って感じ。プロの方なら、障害に理解があって、ちゃんと対応してくれる可能性がある。それに、自分の身体を“問題”じゃなく“触れてもいいもの”として扱ってくれるって、すごく大きな意味があると思うんです



わかるよ。女風って、“体験を売る場所”じゃなくて、“許される空間”なんだよね。美咲さんみたいに、“いつもはケアされる側”の人にとって、“ただ求められる喜び”って、すごく深いと思う



はい。そうなんです。医療や介助じゃなくて、“人間として触れ合う”時間が、すごく欲しかった。それって健常者でも同じなのに、障害があると、なおさら疎外感が強くて……



女風が、“障害があるから選ぶサービス”じゃなく、“選択肢のひとつ”として存在してくれるといいなって思います



ほんとに。それが理想です



で……話していい?



はい、ぜひ(笑)



まさかとは思ったけど……体験、されたんですね?



はい。“女風note”でこの話をしたあと、いろはさんに紹介してもらったセラピストさんのホテルコースを、実際に予約しました



……ふふ、どうだった?



正直、緊張と不安でいっぱいでした。でも、“大丈夫、あなたのペースで”って言ってくれて、ほんとに安心できた。部屋の動線を自然に確認してくれたり、抱きしめてくれたり……ああ、“私、人としてここにいていいんだ”って思えました



それ、泣いちゃいそうになりますね……



実際、泣きました。下半身の感覚はないけど、手や肩に触れるぬくもりはしっかり感じて。『私の身体は感じる価値がある』って思えたんです。“障害者”としてじゃなく、“女”として扱われたあの時間は、今でも宝物です



……それ聞いて、“やっててよかった”って心から思ったわ。こういう話が、必要な誰かに届いてほしい



じゃ、最後に。これからの人生で、大事にしたいことって、何?



“自分の感覚を信じること”です。他人の価値観や“普通”に流されないで、“私が幸せと思える時間”を大切にしていきたい。障害があっても、ちゃんと恋愛も、セックスも、自己表現もできるって信じたい。そして同じように苦しんでる人に、“あなたは一人じゃない”って伝えていきたいです



すごく優しい言葉。誰かの背中を押せるはずです



うん。甘やかす言葉じゃないけど、“あなたのままでいていい”っていう真っ直ぐさがある



……ありがとうございます。私も、ようやく“歩けなくても、愛されていい”って思えるようになってきました



——じゃ、今日はここまでね。また、話したくなったら、ここに戻ってきて
—— 東雲いろは・朝霧すず子より

