


——そう言われて、せっかく投稿した写メ日記を勝手に削除された。
それも、一度や二度じゃない。
毎回、明確な基準もないまま、「微妙なんで」「なんとなく」で否定され続ける。
努力して撮った写真。勇気を出して投稿した日記。
それを「なんか違う」とか言われて、勝手に消される理不尽さ。
あなたが感じているそのモヤモヤ、それ、あなただけじゃない。
「写メ日記の投稿は強制じゃありません」
——求人にはそう書いてあった。
スカウトにも面接でもそう言われた。
でも実際は?
投稿しなければスタッフの態度が変わる。
「なんでフリー回さなきゃいけないの?」ってキレられる。
シフトに入れてもらえなくなる。
つまり、“強制じゃない”なんて真っ赤な嘘だ。
しかも削除の基準は曖昧で、スタッフの気分次第。
「同じような写真でも他の子はOKで、自分だけNG」なんて日常茶飯事。
驚くかもしれないが、店によっては、写メ日記のチェックをベテランスタッフではなく、アルバイトがやっていることもある。
しかも“写真がエロいかどうか”“映えてるかどうか”の感覚は、その人の主観による。
つまり、「この写真、微妙ですね」と言ってる人は、風俗経験すらない新人スタッフかもしれない。
写メ日記は、言ってしまえば“営業ツール”だ。
お客さんは、「誰を指名するか」を写メ日記で選んでいる。
つまり、投稿がない=興味を持たれない=稼げない、という構図。
そして、選ばれるのは「頑張ってる子」じゃない。「映えてる子」だ。
写メの構図、雰囲気、盛れ具合、それがすべて。
どれだけ真剣にやっても「なんかイマイチ」なら消される。
つまり——“努力が報われない世界”。
とある店舗調査によれば、来店客のうち約65%が写メ日記を見て指名しているというデータもある。
つまり、投稿しない=機会損失。
その数字がプレッシャーとしてのしかかる。
この矛盾の積み重ねが、「写メ日記うつ」を引き起こしている。
投稿するたびに「また否定されるかも」という恐怖が付きまとう。

SNS慣れしている子や、もともと撮影や加工が得意な子は有利だ。
一方、そうでない子は、そもそも“写真を撮る”という行為に心理的抵抗がある。
写メ日記が苦手な子=“やる気がない子”と見なされるのは、構造的な不平等。
そうやって、“みんなやってるからあなたも”という空気が作られる。
つまり、投稿を拒否する=協調性がない=扱いづらい、というレッテルを貼られる。
これは完全な同調圧力だ。
つまり、ただ「文句言われてムカつく」んじゃない。
“意味のわからない否定”に、自分の尊厳が傷ついているんだ。
→たしかに、業務の一部として書いて当然という考えもある。
でもそれなら最初から「必須」と明言すべきで、後から“強制”になるのは不誠実。
→それは事実。でも“投稿ができない理由”がある子もいる。
その背景を理解せずに一律で「やる気がない」と判断するのは乱暴だ。
→それは“やれる人”の視点でしかない。
全員が同じことをできるわけではないことを前提にしなければ、職場としての多様性は死ぬ。
一方で、反対意見の中にも一理あるものがある。
だからこそ、“やるかやらないか”を押し付けるのではなく、選べる仕組みにしてほしいだけなのだ。
ここで大事なのは、「投稿するか/しないか」の二択じゃない。
“納得して選ぶ”ってこと。
どっちを選んでも、あなたの価値は変わらない。
他人の好みに振り回される人生なんて、つまらない。
それより、「自分の心に素直な判断」をすることの方が、よっぽど誠実で、美しい。
「評価されないのがツラいんじゃなくて、“意味もなく否定される環境”がツラいんだよ。」
あなたが苦しんでるのは、努力してないからじゃない。
下手だからでも、我慢が足りないからでもない。
理不尽な仕組みに、自分の感性をすり減らしてるからだ。
その場所が、自分を潰してくるなら、もう出ていい。
それは“逃げ”じゃなく、“選択”だから。
写メ日記を書く・書かないよりも、「私はどうありたいか」を選べる自分でいてほしい。
以上。
この記事は、あなたのために書かれたもの。
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その一言が、誰かの心を守る力になるから。